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あけましておめでとうございます

皆様あけましておめでとうございます。

去年は、年初の挨拶を除けば仕事をやめたいという弱音だけのblog更新となりました。


去年も色んなことをさせて貰って幸せな年でした。
会社の皆様には感謝しかございません。

 

本当にありがとうございます。

 

年末は、マゾッホの「毛皮を着たヴィーナス」とマルキド・サドの「ソドムの120日」を読んでおりました。
どうして、今更、こんなに古い余りにも有名な小説を読んでいるかと言いますと、先日、読み終えた「家畜人ヤプー」の沼正三の後書きに、めちゃくちゃ感銘を覚えたからです。その内容は

 

近代のSMは、あくまでSMプレイであって、自分にとって本当のSMは国家の隷属無くしてありえない。
真のSMとは制度としての主人と奴隷という背景がなければ成立しない。
本当の屈服、本当の隷属とは日本の敗戦、植民地化なくしてありえない。

 

といった旨のものでした。

 

なるほど、そうか、確かにそうだ、本当のマゾである沼正三は、もはや完全な屈服、それは天皇が蹂躙され日本人が家畜になる、そういった制度の中で骨の髄まで屈辱を味合うことに打ち震えるほど喜びを覚えるのだ、と。
そんな沼正三に影響を与えた作家である、マゾッホとサド侯爵の描く物語に酷く興味を惹かれ、僕はまだ読んでいなかったこともあり、この年末の休みを通して読んでいたという訳です。

 

確かに今の日本の戦争を知らない世代は、制度としての屈辱みたいなところを想像の埒外に置いているが為に、SMプレイに留まるということは何となくわかると思います。我々、日本人には、特に疎い感情なのだろうと思います。であれば、もはや日本には本当の意味でのマゾ小説は出てこないのではないかと思いました。とはいえ、人の屈折した被虐嗜好というのも奥深いものでしょうし、個人の内面の倒錯性は、現代ならではのものもあるでしょう。

 

例えば、人工知能を支配神(ドミナ)に置いた人間の屈服を描くマゾヒズムなどもあるかも知れません。
いや、毛皮を着たヴィーナスにもあるように、マゾヒズムは圧倒的無機物の神性への恋、そして崇拝から始まるわけで、吾妻ヒカリちゃんを崇拝する男のマゾヒズムは非常に現代的なモチーフとして表現足り得るのではないかと思います。初音ミクや吾妻ヒカリちゃんを始めとしたCGキャラクターやペッパーくんなどのロボットを女神とした現代版の「毛皮を着たヴィーナス」の成立の可能性を模索したエロ漫画表現を探すべきではないかと思いました。

 

「ソドムの120日」に関しては、もう沙村広明先生がハーレーブラッドレイの馬車で、サディズムの本質を漫画で表現するって試みをやっているので、もう良いと思いました。なんで沙村は先生はあんなもん描くんや!って当時の僕は思っていた(このblogの過去の記事にも、その痕跡はあるでしょう)のですが、なるほど、あれは、サド侯爵の著作の影響というか、サディズムを,なんというかピュアな表現でやろうとしている、むしろ高尚な漫画なんだと思い直しました。

 

進撃の巨人を嚆矢として、圧倒的な存在に蹂躙され捕食される日本人みたいな構図の漫画を最近よく読みますが、そういったものの流行を見ていると沼正三の書いている日本人の家畜願望、家畜遺伝子みたいなのも、まんざら嘘でもないなと思ってしまいますね。

僕は、この1年、漫画に対して思うことがたくさん出ました。

 

無為に再生産されるだけの漫画(ガワ変え)と、延々と80年代と90年代を引きずり続ける漫画ばかりで危惧を覚えるというか、このまま日本の漫画は、震えるほどの名作を産めないまま終わっていくのではないかということです。

 

何故、そんなことを思うかというと、今年読んだ本と動画の数々に影響を受けたからです。

 

「現代ゲーム全史」「リアリティ イズ ブロークン」「おたくの精神史」「キャラの思考法 現代文化論のアップグレード」「moon」「heavy rain」「life is strange」「読者は読むな」「save the catの法則」

 

他にもいっぱい読んだり観たりしてるのですが、ゲームについて個人的に思っていることがあります。

 

ソーシャルゲームの隆盛は、ゲームをゲームという概念から解体して、サービスとプロモーションの一環として再定義しました。ゲームは、もはやサービスです。ユーザーの感情をケアする為のサービスとして考えられています。だから、ゲーム性のない「ぽちぽちゲー」が成立するのです。ソシャゲが黎明期に叩かれた「あれはゲームじゃない」という批判は的をある意味で得ていて、ゲーム性を備えたサービスと考えてもらった方が良いのです。そして、ゲームは、もうそれ単体で成立させるのではなく、ゲームを収益の柱のひとつとして据えつつ、アニメーション、グッズ、イベントなど、総合的に売りに行く手段としての機能が大きいのです。ゲームはアニメーションのプロモーションの一環として先行リリースされる訳です。なので、今後は、アニメーションとゲームとイベント、グッズの垣根は、どんどん緩やかになっていって、総合エンタメとしてとりにいく時代になります。ゲームの競合は、ゲームではなく他のエンタメなのです。コンシューマーゲームも映画的表現が、どんどん先鋭化していっているし、特にアドベンチャーゲームなど、その傾向が顕著で、既存のゲーム演出よりもTVドラマや映画の演出、脚本が必要になってきてる印象を受けるので、ここも境界が曖昧になっていくんでしょう。

 

さて、漫画の話に戻ると、これからの漫画はどういう表現があるかを考えていかないといけないと思った訳です。漫画は、先述した複合エンタメの枝葉の一つではあるんですが、じゃあ、一体、漫画という媒体が、その複合エンタメの中心として据え置かれる方法はなんぞや?とか、既存の漫画表現以上の漫画の表現には、どんな方法があるのか?

 

そう考えたときに、ひとつの可能性として「moon」であり「ガンパレードマーチ」であり「ARG」としての漫画表現があるんではないかと思っているのです。

 

時間さえあれば、この試みをweb漫画媒体で実験してみたいのです。

 

おそらく、漫画は、漫画単体で終わらせるのではなく、あらゆる媒体を使って、

 

「どう漫画の枠を越境するか」

 

というARG的な試みをやっていくべきだと思うのです。
昔、秋山ジョージがサンデーで連載していた『告白』がヒントになっています。

 

今年はこの試みができるか?

 

誰かにやられる前にやりたいのです。

もちろんネームを練るのも大事ですが、どう既存の漫画論から逸脱する枠組みで漫画を規定するか売り方を考えてみるというのも良いんじゃないかと思います。

 

僕のアイデアを実現してくれる人、募集しています。

 

とりとめもない話になりましたが、今年もよろしくお願い致します。

<div class="jugem_theme"><p>JUGEMテーマ:<a href="http://jugem.jp/theme/c140/202/" target="_blank">大晦日/お正月</a></p></div>

| 日常の話 | 22:39 | - | trackbacks(0) |
仕事を辞めようと思っている

人生がうまくいっている。
かなり上手くいっている。

僕の転職は、きっと大成功だったんだろうと思う。

でも、
それでも、全然気持ちが満たされない。

僕は社会的に充足することを、きっと望んでいない。
逆境こそが人生だ。
こんなのは子供じみた戯言なんだろうとは思うけど
それでも、やっぱり、こんなことでは満たされない。

来年は40歳の節目だ。
人生も半分以上が終わったんだろう。

もっと好きに生きたい。
だって、残り少ないんだから。

僕は、やっぱりグチグチ世の中を恨んで、妬んで、僻んで、ルサンチマンで埋め尽くされた人生が良い。
根本的に人が嫌いだし、世の中を小馬鹿にしてるんだと思う。

立派な人達に囲まれて、意識高い系、志高い系人達に囲まれて
ずっと前向きに発言してるけど、心のどっかで、自分の居場所じゃないなって思いが
ずっとずっとあって
色んな経験したし、もういいかなって。
結局、組織に属さない方が自分が面白いってもが作れる。
僕は僕の作りたいものを、シコシコ作って生きていきたい。

もういいや。



JUGEMテーマ:日記・一般
| 日常の話 | 23:42 | - | trackbacks(0) |
あけましておめでとうございます


あけましておめでとうございます。

昨年は色々なことが劇的に変化しました。
それが良い事なのか悪い事なのかは、正直わかりませんが。

元々ガイナックスだった人、元々任天堂だにいた人、元々ドラクエ4の企画やってた人など
自分が子供の頃に触れてきたコンテンツの作り手の人たちと仲良くさせて貰って
当時の開発の話をたくさん聞かせてもらって凄い楽しかった1年でした。

先日は、東浩紀とか津田大介のトークイベントみたいのに参加してホントに目の前で話を聞いてたんですがすっげー面白かったし、やっぱり僕も理屈臭いおっさんになりたいんだと改めて思い直しました。

今年は、自分の企画でゲームを作れるように頑張ります。
てか、漫画描ける環境にできるように頑張ります。




JUGEMテーマ:大晦日/お正月
| 日常の話 | 16:20 | - | trackbacks(0) |
久しぶりのコミケ

コミケに行ってきました。
ほとんど仕事での挨拶周りでした。
お世話になってる方々へのご挨拶や、将来性のある方たちへの営業とか
声優さんを紹介して頂いたり、交流のある会社さんのところへご挨拶に伺ったりしておりました。

14:30くらいから、やっと会いたい人達のところにご挨拶に行くことが出来ました。

みんな変わりなく面白いものを作っていて
僕は絵も描かずネタも作らず、毎日仕事に追われて何やってんだろうと
自己嫌悪でしばらく凹んでしまいましたが
それはそれ、いつか自分でやりたいことをやるために
あとは、いつか僕のことを構ってくれたネットの皆さんに恩返しが出来るように
やっぱり今は仕事を頑張ろうと改めて思いました。

皆様、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。

JUGEMテーマ:日記・一般
| 日常の話 | 19:40 | - | trackbacks(0) |
エロマンガ★スタディーズ
最近、エロマンガスタディーズという本を読んで、本当に色々なことを考えさせられた。

ずっとエロマンガに対する言語化できないモヤモヤを、この本は見事に言語化している。
更に戦後の貸本時代から、現在に至るまでの漫画の歴史を俯瞰しつつエロマンガの細部にまでフォーカスされていて、エロマンガに興味はなくても漫画のことが知りたいって人なら、知識として、ぜひ読んでおいて損はないと思った。

文化的遺伝子…ミームという概念を使い、様々な漫画や時代背景のミームが、どうエロマンガに影響し、はたまたエロマンガのミームがメインストリームの漫画にどう影響を及ぼすかなどの考察を経て、そもそもエロとは何か、エロを求める根源性を現代の社会通念とかを取っ払った忌憚ない意見で述べているのが、とにかく小気味良い。

ロリコンのもつフライジャリティ、近親相姦の神話性、レイプ凌辱には、そもそも根源的に男性は加害者であるという意識…読んでいて、そうなんだと思うことが沢山あった。

たぶん人それぞれ、この本で解説するところの『誤読』と『倒錯』によってエロマンガは形成されている。
僕は改めて自分のエロマンガの誤読性を確認した時に、嗚呼、僕は形而上の『理想の母親像』をエロマンガに求めているのではないかと仮説を抱いた。

処女性はフライジャリティである。
モラトリアムの中で、少女が抱くべき慈愛や母性は、あまりにも儚い。
僕は、それを神聖視する一方で、どこか壊したいのだろうと思う。
壊れるからこそ儚い。
言い換えれば、壊さなければ儚さを担保できないのだ。
だから、僕は儚さに美を求めている時点で、壊さねばならぬと思っている訳である。

そして、喪失感を求める。
これもフラジャイルなのだろうけども、たけのこ星人が描くような物語こそ、僕にとってエロマンガだと思えるのは
たぶんそういうことなのだろう。

例を挙げると、たけのこ星人のカクセイ彼女という単行本の中に『信じてるから』という話がある。

内容を簡単に説明しよう。
主人公の男に、とても清楚で初心な彼女が出来る。
ところが主人公の元カノが、その子が別の男とラブホに入るのを見たという。
元カノの友達もあの子は遊んでるって噂もあるという。

主人公はそれらの噂を信じたりはしない。
そして、初めてホテルに入って彼女と結ばれる。
彼女は「エッチをするのは初めて」と主人公に伝える。
主人公は、やはり自分を信じて良かったと思う訳である。

ところが、いざセックスを始めてみると、何やら凄く慣れている感じがする。
処女膜もなかった。
それどころか、最初のセックスで立派にイッて見せるのである。
でも、彼女は「あなただから」という理由で、何でもエッチにこなせる訳だ。
ここで、主人公にも疑念が芽生える。

それから主人公は、疑念を払拭すべく肉欲の求めるがまま
どんどんアブノーマルなプレイを強要していく。
しかし、どれもこれも積極的に…しかも小慣れた感じでこなしていく彼女の姿に
どんどん疑念は、確信に変わっていく。
それでも、主人公は信じたいが故に、彼女と淫らな肉欲の海へ深く潜っていく。

ラストシーンでは、全身をレザーのベルトで緊縛され、肛門にはパールを入れられ
全身が精液まみれになって、そこをビデオで撮られながら
なお淫らな笑顔を浮かべる彼女に主人公は『別れよう』と口に出そうと心に強く思うのだが
実際、口に出た言葉は

「ぼくも大好きだよ」

ここで話は終わる。主人公の心情は、冒頭の彼女がそんな女の訳がないというところのみが語られ、残りの部分の心情は、全て読者の読みに任されている。僕は、主人公が彼女と次から次へと過激で刺激的な行為に走るのは、彼女を信じたかったのと、あとは、『ウソつきやがって!』という彼女への侮蔑もあったからだろうと思う。僕は、若いころ、ほぼこれと同じ経験をした。同じように思った。こいつ、誰に教えてもらったんだって思ったこともあった。別の男に熱烈なメールを送っていたことも知っていながら、僕が僕以外にも誰かと関係を持った居ることも半ばわかりつつ、それでも信じたい気持ちと侮蔑したい気持ちが複雑に入り乱れて、愛憎のセックスに耽る訳だが、それこそ『処女性の裏切り』とか『女への期待』みたいな、女はこうあって欲しいという理想像が壊れる大きな喪失感そのもである。

喪失感は社会からの拒絶そのもので、僕は女を通して『自分は社会に認められていない』ということを再認識し、ルサンチマンとミソジニーを充満させていく訳だけど、このサイクルが見事に描かれた漫画こそ、僕は自己投影しやすく、そこに僕は価値を置くのだろうと思う。自己投影は自己憐憫でもある。要するに『社会に拒絶されて可哀想な僕』を、どれだけ認識できるかが肝なのだ。

社会に拒絶されて可哀想な僕というのは、社会に拒絶されたくないという意志の裏返しでもある。
エロマンガには続きがある。
それは、こっち側(読み手)が紡ぐ『その先』だ。
僕の場合は、社会に拒絶されない為に、ちゃんとしなきゃいけないという心構えである。

とはいえ、インモラルで破滅的で刹那的だからこそ
ここが自分の居場所とも思えるだけど、根源的には、そういう自分を否定しているのではないかと思う。
こういうインモラルと模範的な社会通念との間で右往左往する、その行為自体を楽しんでるかも知れない。
それはナルシズムだったり破滅願望だったりかも知れない。

こんな風にエロマンガを通すことで、僕は自己の認識を改めて考え直す訳である。

なぜ僕に破滅願望があるのか?それは人として通底する根源的な欲求で
誰しもが持ちうるもので正常なのか、それとも環境依存のものなのか
どこか喪失することこそ自分らしいと思っていないか?
失うことで喜びを得るのはマゾヒズムの発露か、倒錯美だろうか?

とにかくエロマンガの海は深い。
受容性と言えば、どの漫画よりも深い。
エロさえあれば何でもOKという懐の深さ。

エロマンガという鏡を使って、日本や自分を見直すのは本当に意義のあることであると信じて止まない。

という訳で、エロマンガ好きもそうでない人も、一度は読んでもらいたい本として紹介しておくことにする。

JUGEMテーマ:日記・一般
| 日常の話 | 01:52 | - | trackbacks(0) |
うんこうんこうんこ

小学校1年生の時だったか
授業中にオシッコを漏らしたHくんは
ズボンをビシャビシャに濡らしたまま、立ち上がって号泣していた。

顔は涙で濡れ、股はオシッコで濡れていた。

学校でお漏らしするなんて、なんてだらしのない奴だ、なんて当時は思っていたように思う。

そんな僕も、小学校3年生だったか4年生だったか…
初めて公衆の面前で、ウンコを丸ごと一本漏らすという災難に見舞われた。
災難…というか人災なんだろうけども
それでも、悪気があった訳ではない。

僕は一度だって、漏らそうと思ったことなどない。
ただ、気が付いたらそうなっていた、ということが多いだけだったのだ。

その日は、半年に1度くらい催される集団下校の日だった。

僕は紅白坊に運動着だったことは未だに覚えている。
運動着は白いネームプレートが縫い付けてあるシャツに
小豆色の短パンだった。

当時、どれくらいの子供が一緒に下校していたか
はっきりは覚えていないけれど
たぶん50人くらいは居ただろうか…

別になんてことはなかった。
ただ、ちょっとウンコしたいなーって思っただけだ。
もっと言えば、ウンコっていうか、お腹が少し痛かったので
『ガス抜き』をしようと思って
少しだけ、スーッて誰にも知られず、静かにオナラをしようと考えていたのである。

人は子供のころから、表面上はキャッキャ、ウフフと騒ぎながら
内面では『バレないように屁をしよう』などと考えているものである。
人の1日平均のオナラの回数は14回。
2時間に一発以上の計算になるが、例えば職場や学校で30人も集まれば
そこかしこからカエルの合唱のごとく、オナラが聞こえてきていいはずなのに
そんな音は全くしない。
みんな真面目そうな顔をしながら、いつも『バレないようにかましてやれ!』と思っているのだ。
美人も可愛いあの子だって、きっと、そんな風に思ってる。
そして、人知れずガスを抜きまくっている。

みんな、ある意味、ウソつきなのである。

閑話休題。

僕もその日も、ちょっとした非日常の大人数で下校するというイベントの中で
ニコニコと友人たちと談笑しながら

『バレないようにスーッといこう』

と思っていたのだろう、その瞬間は、全神経をお尻に集中し、蛇口で水量を調整するかのごとく
開き具合をコントロールし、これなら大丈夫!って思える部分で、ゆっくり吐き出す訳なのだが
いつもならスーッと、温かい空気が抜けていくはずなのに、なぜか


モロロロロロロロロロロロッ


と、勢いよく何か熱いものが出てしまったのを感じた。

一瞬思考が飛んで、次の瞬間、激しい思考の大波となって

『やばい!これは丸っと一本いってしまったかも…』

打ち寄せてきたのである。
まさに気が気でなく、全身から血の気が引いていくのを感じた。

『こんなに大勢の人たちの前で、丸っと一本漏らしてしまった!もう学校じゃ生きていけない!』

そう考えるやいなや、僕は集団下校のルールを無視して、突然、家に向かって全速力で走り出した。
外であるのが幸いし、まだ臭いで誰にもばれていない。
丸っと一本を感じたということは、水っぽくない訳で、そうなると『お尻に茶色いシミ』が出来るまで
まだ時間がかかるだろう…そんな思考が一瞬で脳を駆け巡って、僕は運動会でも出したことのないくらいの本気の力で
全速力で下校ルートを走り出した。

このまま無事、家についてくれ!

そんな言葉にならない悲痛な想いで僕は走り出したのだが
思いもよらない事態に遭遇する。

それは、

「漏らしたウンコが重すぎて、走るたびに短パンが下がっていく」

という、まさに誰も予期しえなかった大ピンチだった。
今でも明確に覚えているが、走るたびに思いっきり左右にパンツの中のウンコが振れるのがわかった。
後ろから見てた人がいるならば、僕のケツのところの何かが大きく左右にブランブラン揺れているのが見てとれただろう。

どんどん短パンは下がっていき、いずれはケツ丸出し状態になり
パンツの中のウンコを後方に吹き飛ばしてしまうかも知れない。

僕はズリ落ちる短パンをしっかり押さえながら全力で家まで走り切った。
ずっと漏らしたウンコが左右にブンブン揺れているのを感じながら。

幸い、誰にもバレず僕は家へと辿り着くことができた。
息は上がりまくり、汗もたくさんかいた。

それでも、達成感があった。
生き残っている実感があった。

さっきまで左右にブランブランと動きまくっていた短パンは
今は一仕事終えた様に、ウンコの重みでダランと項垂れていた。
ウンコのおかげで生命を与えられたがのごとく動きまくった短パンを見て

「運動着がウン動着になってしまったな…」

そう言って、僕は遥か後方にいる集団下校の生徒達の方向を見据え、目を細めたのである。

JUGEMテーマ:日記・一般
| 日常の話 | 12:33 | - | trackbacks(0) |
自虐家の私
気怠く横になって寝ていた布団から、ノソノソと這い出て
私は着替えも適当に、近所のコンビニに向かうことにした。

今日はとても天気がいい。
陽の光が強くて、もう街は夏の匂いがする。

とても嫌なことがあったとは思えないくらいに
清々しく晴れた休日だ。

ぼんやりと歩いていて、私はずっと考えことをしていた。
とりとめもないことばかりを考えていた。

左手の手首はまだ痛い。
黒いリストバンド。
切るのはいいが、夏場は蒸れる。
傷が化膿したりしないかと思う。

隠すくらいなりゃ切らなきゃいいのに。
…そんな風に思わなくもない。
切ったばかりの傷口は、まだ血が出ているのだろうか。

切ってなにか好転したか?と聞かれれば
何もないように思う。
傷の数だけ居場所を失うだけだ。

素直に打ち明ければ気持ち悪がられ
黙っていれば、黙っていたで
噂になって下世話な連中が沸くだけだ。

衝動的に切らなければ落ち着かない。
みんなが嫌いで仕方がない。
みんな死ねばいいと思う。

でも、そんな自分が一番嫌いだ。
私が傷ついて、私が死ぬべきだ。
でも、死ぬ覚悟もない。
精々、薄皮に傷をつけるくらいの
神様や世間に対する駄々なのだ。

死ぬほど愛情が欲しいのに
優しくされても満たされない。
きっと、すごく愛してもらっているのに
私は、その価値に気付けない。

親も学校も友達も、みんな本当はそれなりに
愛を注いでくれたんだろうに
私はいつも孤独だとしか思えない。

なのに、誰からも必要とされたい。
蔑ろにされるのは許せない。
私は私を認めてほしい。
だからと言って私は何もしないのだけれど。

心は枯れていても体だけは若いから
私の中を
何人もの男の人が通っていく。

刹那的に満たされた気になるけれど
その先に待ってるのは
新しい疑念と諦念だけだ。
その度に私は私を嫌いになる。

たまに思うの。
私は何がしたいんだろうって。

したいことなんてない。
あるとすれば、たったひとつ。

…今日は、本当に陽差しが気持ちいい。
風もあるし、とても爽やかなんだろう。

こんな日は
バナナフィッシュにうってつけの日。

私はコンビニに新しい剃刀を買いに行く。


JUGEMテーマ:日記・一般
| 日常の話 | 16:05 | - | trackbacks(0) |
スカトロ・エッチ 2

恋って
どういう気持ちになるものなの?

お腹がキューッてなって
我慢できなくなって
意味もなく屁が出ちゃったり
お尻になんか刺さったみたいに苦しくて

だけどイヤじゃないの――――

やっと分かった。
お尻に刺さるような
この痛みのワケ――――

私は蓮くんに
恋をしてしまった

そして不思議なのは
蓮くんを見つけると

一瞬 周りの音が何も聞こえなくなって

プゥゥゥッ

わっ
また屁をこいちゃった!

…そう、オナラばかり出るようになってしまった。

蓮くんを好きになって
ニラの臭いのオナラばかり出るようになった。

これじゃ仁菜子じゃなくて、
ニラ子だよ~

でも、これが私の初恋なんだ…
せっかくの遠足だもの
気持ちを切り替えて楽しまなくっちゃ

蓮「クシュンッ」

「あ、蓮くん寒い?」

蓮「ううん 大丈…」

ブーッ!!!!

「え」

なにこれ…臭っ!…いま、蓮くん、すっごい大きな屁こいた?
今、「大丈夫」のブの部分だけオナラにしたの?

蓮「や ちょっと待って き…」

・・・・・・・・・・・・・

蓮「木下さんのオナラにオナラで返しただけだから…」

「蓮くんでもそういうことするんだー 想定外だったもんでびっくりした」

蓮「うん…今のは自分でも かなりハズしたと 思う」

蓮くん 耳 赤い

蓮「失敗した すげー恥ずかしい」

初めて見る仕草に
キュンを通り越してギュルルルッとしてしまった
ギュルルルルッとしすぎて
お腹が痛い
なんか出そう

スンスンッ
蓮くんの匂い…
これってニンニクの臭いだよね
すごくスパイシー

「どうしよう…大丈夫?お腹痛いの?」

蓮「…ホント、お腹痛いとかじゃないから…もう大丈…」

ブブーッ!!!

あ、ニラとニンニクの臭いが丁度 半分になった!

うまくいくとか いかないとか
そんなのじゃなく

ただ好きで
ただ伝えたい

蓮くんを好きになって
初めて嗅いだ色んな臭いを

蓮くんを好きになって
嬉しかった事を

ただ伝えたい

蓮「…どうしたの?もしかして臭かった?」

「蓮くんっ」

こんなに愛しい気持ちを
私に教えてくれて

「あのねっ―――」

ありがとう










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| 日常の話 | 00:13 | - | trackbacks(0) |
スカトロ・エッチ 1

なにコレ
なんか お腹が苦しい
なんで 私変な物でも食べたかな。

苦しい

今朝食べたあのレバニラ炒め
腐ったレバニラだったかな…

そう言えばあの「すっごくおいしい」レバニラは
思ってたよりニラ臭かったな
その事は自分で食べてみて

初めてわかったんだった

プゥーッ

あ…どうしよう…
お…お腹のこと考えてたら
れれれれ…蓮くんの前で思いっきり屁ぇこいちゃった…
真由香さんも一緒なのに…

でも、きっとバレてないよね?
レバーだけにバレーてないよね?

蓮「あ…」

・・・・・・・・・・・・・・!?

蓮「なんかレバニラの匂いするね」

真由香「えーーー わかんないよーーーー」

蓮「するよ」

…蓮くん…
私の屁のこと…かばってくれてる!?

どうしたいわけじゃなく
ただ 深く好きだと想う

それは
そんなにおかしい事なのかな…

あ…

吹いた風の中に
少しだけ

ニラの臭いが
混ざってた






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| 日常の話 | 16:59 | - | trackbacks(0) |
それでも心は死んでいく
『季節は次々死んでいく』を聴きながら、キーボードを叩いている。

せっかくの休日は見渡す限りの曇天で
灰色が、僕の周りにまで重く圧し掛かってるような気分になる。
頭は痛く、心は鈍い。
何年か振りに、独りで酒を飲んで悪酔いで目覚めは最悪だった。

いい歳をこいて、色んなことに右往左往する自分がどうにも情けなくて
泣きたくなったのだが、どうにも泣けなかった。

手淫でもしれば気が晴れるかと思ったが、それすらままならず
どこに気持ちを持っていったらいいのか分からずにいる。

気持ちの抑えが効かない。
不安しかない。
ちょっとしたことに喜び
くだらないことに落ち込む。

気を紛らわしたくて
夜中に色んな人に連絡してみたけど
全然、気が晴れることはなかった。

今週は絵を描こう。
誰のためでもなく、僕の為に描こう。

仕事も上手くいってる。
相変わらず時間はないけれど、生活も安定してきたんだ。
色んな過去にも踏ん切りがついてしまった。

もう疲れた。
後は、つつがなく母を看取れれば

それで終いの人生だ



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| 日常の話 | 12:14 | - | trackbacks(0) |